友人に教えてもらった劇団青年座のお芝居
「旗を高く掲げよ」を観に行きました。
「旗を高く掲げよ」は、ナチスの党歌。
このお芝居は、ドイツ・ベルリンの善良な市民である
ミュラー夫妻が、ナチスへと傾倒していく様子を
描いています。
妻のレナーテは、もともとナチス支持者。
“だってヒトラー総統は私たちの生活を良くしてくれたもの”
数年前のハイパーインフレの時代を知る彼女は、
ジャガイモの値段を気にせず買い物ができるようになったことを
素直に喜んでいる。その事実は、レナーテにとっても、
また周囲にとっても、圧倒的な説得力を持つ。
よく言えば呑気な楽観主義者。何が起きてもこう言う。
「大丈夫よ。我が総統に任せていれば。きっとよくなるわ」
夫のハロルドは歴史教師。
ナチスに対し、最初はやや距離を取っているのだけど、
友人からその専門性を生かした仕事をしてほしいと
SS(ナチス親衛隊)への入隊を打診される。
妻や娘が喜ぶからと入隊を決意、もとより真面目なハロルド、
その仕事ぶりが認められ、どんどん出世していく。
いつの間にか、ナチスの価値観にどっぷりハマり、
「ドイツ帝国は決して負けない!」と叫ぶようになる。
その一方で、ユダヤ人の友人がアメリカに亡命することに涙する。
身体に障害を持つ教員仲間が、労働能力の欠如者としてナチスや
世間から排除されつつあるのに、ミュラー夫妻は変わらずに
思いやりを持ち続ける。
後世の人間から見たら明らかに矛盾するのだけど、
ナチスを信奉することと、
ナチスが排除しようとする人々と友情を持ち続けることは
彼らの中では無理なく共存し、両立できている。
なぜなら、見たくないものには目をつむり、
知りたくないことについては考えるのをやめ、
信じたいことを信じようと生きているから。
ベルリンに砲火が迫ってきたとき、レナーテは
「どういうこと!?」と半狂乱になり、
ハロルドは自分たちが“知ろうとしてこなかった”ことを
率直に感じ取る。
しかしその先、彼らはやはり、変わらない。
それが大衆というものだろう。
そして誰もこの“善良な”夫妻を愚かだと笑うことはできない。
なぜならそれは、自分自身だから。
全体主義が、善良な市民の冷酷な傍観的態度によって
成立していく様を、このお芝居は見事に描いていました。
それも、舞台装置はミュラー夫妻のリビングだけ。
そこを訪れる人々と家族との会話のやりとりだけで、
刻々と変化する時代背景が描かれるのです。
良いお芝居を観たなーーー。
けど、残念なことに公演は8月6日まで。
もうちょっと長くやってくれたらなーーー。
もう一回くらい、観に行けたのに。